全国に存在するスギやヒノキの名産地。秋田スギ、飫肥スギ、日田スギ、山武スギ、美作ヒノキ、吉野スギ、東濃ヒノキ、天竜ヒノキ、尾鷲ヒノキ…産地の冠を被ったブランド材の名前を挙げればキリがありません。
淡い色合いの美しさや年輪の緻密さ、香りの強さだったりと産地によってその特徴はさまざま。例えば、三重県の尾鷲地域に育つ尾鷲ヒノキの場合は、急峻な斜面と痩せた土壌という厳しい生育環境でじっくりと年月をかけて育つため、緻密な年輪と油分の多さによる光沢があることが特徴だと言われています。関東大震災の際に尾鷲ヒノキの柱をつかった家屋の倒壊が少なかったことから、その名を全国に知らしめるようになったという逸話もありますね。
「昔は尾鷲ヒノキって言ったらそりゃあもう有名で、九州でとれたヒノキを船でわざわざ尾鷲まで運んで、それをさらに東京まで運んで尾鷲ヒノキと言って売っとった」と冗談とも本気ともつかないことを製材工場のおっちゃんが言うてました。
ですが、それらのブランド材に明確な基準があるわけではありません。あそこからここまで生えているのが尾鷲ヒノキですよー、なんて生育する区域で分けられているわけではないのです。良くも悪くもブランド材は「言ったもん勝ち」のような曖昧さを帯びています。
ブランド産地の製材工場がいつも産地の原木を使っているとは限りません。原木不足のため、仕方なく他県から原木を買い集めることもあるでしょう。そして、隣県の丸太を少しだけ混ぜた場合、それはブランド材と言えるのかと問われれば、非常にグレーな世界になってしまいます。あくまで「産地」にしか過ぎないのですから県が違うからアウト、というわけにもいきません。
産地以外にもブランド材の取り組みは広がりつつあります。紀州地域では「あかね材」という虫食い跡のある木材をブランド化しようとする動きがあります。また、住宅業界でも「◯◯県産材で家を建てよう」とキャンペーンに取り組んでいますね。認証制度や助成金も増えている様子。新たな木材のブランド提案の動きは活発になっている印象を受けます。
先日、ある木材市場を訪れた際にセリ子さん(セリ売りの担当者)に話を伺いました。「原木価格は上がってるのに製品価格は下がってるから大変だよー」とか「産地としては木曽や紀州のものが相変わらず人気だねえ」といった業界チックな木材トーク。そんなセリ子さんとの会話で気付かされることがありました。
「価格の違いはあるけれど、やっぱり売れるのは丁寧にモノづくりしてるメーカーさんのものだよね」
プロは使ってみれば絶対に分かるから、と付け加えたセリ子さん。あぁ、なるほど。
ひょっとするとブランドとは自ら名乗るものではないのかもしれません。それを支持するひと、共感するひとの声が集まることでブランドが価値を帯びていくのだと感じます。尾鷲ヒノキだって、吉野スギだってそう。信頼こそが価値。
ハーレー・ダビッドソンのユーザーがめったに他のブランドに乗り換えないことや、MacユーザーがWindowsではなくMacのパソコンを使い続けることも同じですよね。果たしてブランドが約束するものとは何か。フィリップ・コトラーさんは「ブランドを広告するのではなく、体現せよ」って言うてました。