紀北町・紀伊長島を訪れた。紀北町は尾鷲のとなりまちだ。
紀伊長島は漁師町。県下でも有数の水揚高を誇る。
まちを歩けば、干物屋さんが目に留まる。さすがは漁師町だ。
その日は天気が良かったので、どこの干物屋さんも軒先で開いた魚を乾かしている。
アジ、サンマ、サバ、カマス、タチウオ…言わずもがな、どれもおいしそう。
食べごろになるには、もう少しだけ太陽を浴びないといけないけれど。
ふと、足を止めて見入ってしまった。
見慣れたアジの干物だ。だけど、他のお店のモノとはどこか違う。
並べ方がうつくしい。きれいなんだ。
皆が同じ方向を向いて、きちんと整列している。
まるで千鳥格子。ハウンド・トゥース・チェック。
千鳥格子のようにシックで落ち着いた品の良さはないけれど、調和がきちんととれている。
カメラ越しに干物格子をのぞき込もうとすると、背中から声が聞こえる。
「きれいに並べたるやりぃ?兄チャン、美味しそうに撮ったってー」
干物屋のオッチャンが声をかけてくれた。
写真を撮ることを快く承諾してくれたオッチャンは、
「これも、これも撮ってってー」と次々、指をさしながら干物の説明をしてくれる。
オッチャンが説明すればするほど、干物は一層おいしそうに見えてくる。
「アジとカマスがおすすめだね」…ふむ。
アジとカマスの干物を買った。
ほくほくの白飯を一緒にかき込んでもいいし、酒の肴にするのもいい。楽しみだ。
本当はサンマも気になっていたのだけれど、もう少し脂が落ちてからの方がおいしいよ、とオッチャンが教えてくれた。その言葉を聞かなかったらサンマも買っていただろう。
干物を並べる、という作業ひとつとってみても、仕事への姿勢が垣間見えるものなんだ。
干物格子にはオッチャンの人柄がにじみ出ているんだ。
自分はどうだろうか。
毎日、何百枚もの魚を開き並べる作業を、そこまで丁寧にできるだろうか。
単純作業こそ仕事の効率が問われるものだと効率ばかりを追いかけ、手を抜いてしまわないだろうか。
丁寧に干物を並べることが、おいしさに直接関係するかは分からない。
けれど、少なくとも僕は、うつくしく並べられた干物だからこそ目に留まったし、写真に収めようとした。
そして、オッチャンが笑顔で話しかけてくれた。気づけば、アジとカマスの干物を買っていた。
自分はどうだろう。
誰も見ていないし、気にもしない干物の並べ方。
重要ではない作業だと手を抜いてしまわないだろうか。
仕事の先にある、誰かの笑顔を思い浮かべることができるだろうか。
「思いを込めて仕事をする」って、きっと干物屋のオッチャンみたいな姿勢のことを言うんだ。
誰も気にも止めないかもしれない干物の並べ方にも、しっかりと思いは乗っかっている。
オッチャンが袋に入れてくれたアジとカマスは格別においしい。
路地裏では小学生がサッカーをしていた。
知らない兄チャンにも「こんにちは!」と挨拶をしてくれる。こんにちは。
本当は僕もサッカーに混ぜて欲しかったけど、勇気が出なかった。
ちょびっとだけ後悔している。
だけど、今はまだサンマの脂が落ちきってなかったことも、サッカー少年たちと一緒にサッカーをできなかったことも、また紀北町を歩く理由にすればいいとも思う。
車でも自転車でもなく、歩くからこそ見えてくるまちの様子もある。
干物格子もサッカー少年たちも、そうだ。