徳島県の北東部にある神山町に行ってきました。7年前からいつか行ってみたいと思っていた町にようやく訪れることができました。
翌日に県南部で開催される「千羽海崖トレイルランニングレース」に出場する予定で徳島での前泊が必要だったため「せっかく近くを通るなら行ってみよう」とエイヤ!で神山町に寄ってみました。
「創造的過疎」を掲げる神山町は地方創生の先端地域
神山町は人口6,000人の山あいの町、ザ・中山間地。自分が住んでいる西粟倉村にもよく似ています。
町には移住者が集い新たな仕事が生まれ、サテライトオフィスが増えベンチャー企業の誘致が進み、今や全国でも見られるようになった芸術家を招聘し芸術活動を促すアーティスト・イン・レジデンスに至っては1999年から行っています。「創造的過疎」をキーワードにさまざまな動きが起こり、地方創生の文脈で言えば確かな実績をもつ先進地域です。
今回は人に会ったり要所を紹介してもらったりということはせず、ふらふらと覗くだけの短時間の滞在。宿泊施設「WEEK神山」、「粟カフェ」、道の駅「温泉の里・神山」など主要な施設を見に行きました。
けれど、どの施設よりも印象に残ったのがとある移動販売のたこ焼き屋さんだったのでした。それは予備知識も予定もなく、本当に、たまたま出会っただけのたこ焼き屋さん。
移動販売16年、借金1,000万円をたこ焼きで返した「たこびん」
神山町に入り、国道沿いに進んでいくと「木の香る里 神山」と大きな看板が。下には白い軽バンが道に向かって止まっています。横目に「たこ焼き380円」という文字が見えたものの「今どき移動販売のたこ焼き屋なんて珍しいな」と思うものの素通り。
まず最初に立ち寄ったのは「粟カフェ」という移住者がオープンしたカフェでした。西粟倉村にも粟(あわ)が付くし勝手に親近感を感じます。コーヒーを飲みすだちジェラートをつつきながら店内に置かれていた神山町関連の書籍をなんとなく開いてみるとさっきのたこ焼き屋「たこびん」さんが紹介されています。
どうやら神出鬼没に神山町内に出現する神山名物のたこ焼き屋さんらしい。元ラーメン屋の店主がつくる特製たこ焼き「しろやき」はダシに入った豚骨スープが隠し味。ほうほう。おまけに四国の鮎釣りチャンピオンらしく夏は鮎釣り、冬はたこ焼き屋の兼業生活。いっそう気になる。ならば行かん!ということでたこびんさんに突撃してみたのでした。
軽バンの中にあぐらをかいて愛想よく笑うオッチャンに「たこ焼き、一つ」と注文してみると、手渡されたのはソースが付いた「ふつう」の見た目のたこ焼きでした。
「しろやきってのが有名なんですよね?」と聞いてみれば「お、時間あるか?待っとき、すぐに作ったるで」と作り直してくれることに。なんと無料で。「神山に来たらしろやきは食べなあかんで」「ソースは冷めても美味いけど、しろやきはアッツアツで食べて欲しいんや」とオッチャンの男気(ご厚意)に恐縮。
たこ焼きを作り直してもらう間、オッチャンはいろんな話をしてくれました。徳島市から神山町は車で30分、週末はみな徳島市内に買い物に出ていくこと。移住者が増え、町の様子がだいぶ変わったこと。徳島市内で徳島ラーメンを食べるなら銀座一福が美味しいということ。動物系スープ入りのしろやきには和カラシが抜群に合うこと(シュウマイもせやろ?と自身の発明に得意気)。オッチャンには一人娘がいること。借金1,000万円を背負ったもののたこ焼き屋一本10年で完済したこと。神出鬼没に店を開くのは昔のオンナがオッチャンの元に寄ってこないように、とのことらしい。
休まることのない右手はくるくるとたこ焼きを回し、休まることのない口もまたくるくると話題を変えていきます。気づけば10分、アッツアツの白たこ焼きが出来上がったのでした。
言わずもがな、美味しいに決まっています。こんがり焼けたしろやき、ちょっと和カラシをつけ、一気にほうばる。熱い。ソースもかつおぶしも青のりもかけなくても、じゅわっと濃厚な味が広がります。はふっ。
「借金も全部返したし娘も大きなったし、たこ焼き屋も気分が乗った日にしかせんのや」と言いながらも最近は毎日たこ焼きを焼いているらしい。「いつになっても暇にならん」たこ焼き屋はもう16年目だとか。
そんな話をしていたら、一見さんがたこ焼きを3パック買っていきました。サクラの役割を果たせたのか、少しはオッチャンの男気・白たこ焼きに貢献できたのかもしれません。
「たこ焼き食べて明日のマラソン大会がんばってや」と軽バンの中から手を振り続けるオッチャン。たこびんのたこ焼き(ソース付き)は見た目以上にずっしりと重たかったのでした。冷めても美味しいのはオッチャンとたくさん話したからだ。
最後に:「カラオケ鳥居」にBluetooth接続して音楽を聴こう
余談ですが、宿泊施設「WEEK神山」近くにはこんなものがありました。Bluetoothを接続すると鳥居から好きな音楽が聴ける、スピーカーでできた鳥居型のアート作品「Karaoke Torii(カラオケ鳥居)」。誰もいないのに周りを気にして再生したのは「悲しくてやりきれない」。
神山町におけるアートプロジェクト「神山アーティスト・イン・レジデンス事業」の一環で今年1月11日から展示されてるいるのだとか。地域 ✕ 体験型アートど真ん中でSNS受けしそうですね。すげえな、神山。
地方創生の成功事例と名高い「創造的過疎」を見に行ったつもりが、ひょんな偶然によって神山町はたこ焼きをまた食べに行きたい町になりました。
好きな町には好きなひとの顔が浮かぶものです。「あの町へ行こう」は「あのひとに会いに行こう」と同意語だったりするのかもしれませぬ。ってそりゃ言い過ぎか。