となりのコウノさん

IMG_6478

右も左も分からない、ハウツーもまったく知らない、にも関わらず「ヤりたい!」気持ちだけで突っ走ってしまうのが健全な年頃の男の子というもので。そして、そんな時に手を差し伸べてくれるのは、母性あふるる女性なわけで。

コウノさんもまたその一人。同じ地区に住むご近所さんだ。七十代には到底見えないつやつやの肌と日除け帽子にエプロン姿がトレードマークのおかあちゃん。

「畑はじめたんスよー」と鼻高々、意気揚々、自慢気に言うものの、実態は全く整わず。苗を植えたはいいものの、なかなか育ってくれない野菜ベイビーちゃんと、呼んでもないのに勝手に生えてくる雑草くん。

頭の中では上質な暮らしを実現するべく理想の農園構想が出来上がるものの、身体はまったくついていかず。「次の週末こそは!次の週末こそは!」と呪文のように唱えながら土いじりを目論むものの、土を触る機会は先延ばしの先延ばし(のまた先延ばし)。男三人共同生活、カッコつけていたいものの中身は伴っておらず。

そんなだらしない男たちに「あんたらじゃ分からんことも多いじゃろ」とやさしく声をかけてくれては、一緒に畑作業を手伝ってくれるのがコウノさんだ。

構想ばかり描いてはまったく進んでいなかった我らが農園がはじまったのは、コウノさんが分けてくれた(だけではなく植えてくれた)ネギがきっかけだ。そして、ぼくらの畑に植えられているジャガイモもチシャ菜もゴーヤも、コウノさんが株分けしてくれたもの。

購入した大量の種から芽が出てくるのよりもはやく、コウノ農園から株分けしてもらった少しの野菜が着々と成長している。男の種は数ばかりで弱く儚いが、女性は一人でも強く逞しい。

日曜日の昼下がり。今日こそは草むしりしないかんなぁ、と頭では思っているものの、お尻から生えた根っこがダラダラとソファに絡みついた時分を見計らったかのようにコウノさんは現れる。

「そろそろジャガイモの土をイジったらなあかんじゃろ」

今からやろうと思ってたんですよ、なんて到底言えず、そそくさと着替えては長靴を履き、鍬とスコップを抱えて畑に向かう。コウノ先生の指示のもと、草をむしり、土を返し、今後の指示を仰ぐ。

コウノさんが畑に足を運ぶと我らが農園は加速する。いや失敬、寧ろコウノさんがいないと我らが農園は(一度も繁栄することもなく)衰退の一途を辿る。ありがたやありがたや。

「これ、ウチんとこの畑でとれたキュウリじゃけど、いるかな?」はい、今晩のおかずに困っていました。

「畑なんてやったことのない若い子らが始めたわりには立派な畑になってきたもんじゃな」はい、褒められて伸びるタイプです。

いつか収穫できるだろう野菜をコウノさんにお裾分けして喜ばせたいなぁと考えたものの、よくよく考えてみれば我らが農園にある野菜はほとんどコウノさんから分けていただいたものだった。

そして、お返しできる何かが頭にひらめく前にコウノさんはふらりと畑にやってきて、きっとまた一緒に土をいじってくれるんだろう。
「ワタシが好きでやっとるんじゃからあんたらがお返しなんて考えんでええんじゃ」と一蹴されてしまいそうだけれど。

こんなことを文章にする前に、草むしりをしなきゃいけないのだけれど、太ももにはPCが乗っかかって、またお尻から根っこが生えている。これだから男は!

「女は男に欠点があるからこそ愛するのだ。男に欠点が多ければ多いほど、女は何もかも許してくれる」だなんてオスカー・ワイルドの格言があったけれど、男の解釈は女性の享受におよばない。一生、コウノさんの家に足を向けて寝れそうにない。