包丁の入れ方ひとつだって地域のカルチャーだ。おばちゃん、いつも家で食べてるやつをちょうだい

「ここらの地域ではね、刺し身はぶ厚く切るもんなのよ」

ここは漁師町、赤提灯が軒に下がる場末の居酒屋。おばちゃんは続けます。

「魚はよく揚がるからね、ケチくさい食べ方はしないの。ぶ厚い方がモチモチして美味しいでしょ」

 

卓上にどんと置かれたカツオの刺し身。おばちゃんの言うとおり、とにかくぶ厚い。2cm近くの厚みがあります。決して鮮やかに盛り付けられているわけではないけれど、とかく刺し身の存在感がすごい。おばちゃんも刺し身も自信満々。これで一人前ですか。

新鮮で身のつまった刺し身一枚の重量感を箸で感じながら、ワサビをちょいと付け、醤油にさっとくぐらせ、一口で食べる。モニュ、モニュ。

言わずもがな美味いに決まっています。舌で味わうだけではなく、モチモチとした歯ごたえは顎からも伝わってきたのでした。

 

地域の食が素材至上主義に陥りすぎてしまうのはなんだかもったいない。どこの産地も「鮮度抜群」「朝採れ」といった冠をかぶっています。

もちろん新鮮で美味しいし、その土地土地の違いを楽しみたいけれど、それ隣の町でも同じこと言ってましたよって。アジもイカもサザエも全国で捕れますよねって。

 

素材の良さを生かした新鮮なものを食べられることはもちろん大事だと思うけれど、そういった漁師町だから、地域だからこその食べ方もあるわけで。

築地には流通しないような雑魚を漁師のおっちゃんからおすそ分けしてもらうこともあるでしょうし、量が多すぎて鮮度の良い状態で食べきれないこともあるでしょう。大味になってしまうようなサイズの魚もあるでしょう。

ご飯のお供として種々様々の小魚を全部まとめて甘辛く炊くこともあるだろうし、出汁をとった昆布を利用して酒の肴をもう一品なんてこともあります。聞いたこともない名前の魚の一夜干しだってそう。そういった独自の食文化の由来や背景が美味しさを際立たせることもあります。

 

「あくまで家で食べるモンで、人様にお金をもらって食べてもらう料理じゃないのよ」

とおばちゃんが出し惜しむその料理こそ土地のカルチャーじゃないですか。冒頭の包丁の入れ方ひとつだって、雑魚をまとめて炊いたやつだって、その地域なりの美味しい食文化なのだと思ったのでした。

 

冒頭の話とはまた別、徳島でふと立ち寄った人口100名に満たない漁師町に一件の食堂がありました。名物は特製ジャンボ海老フライです。

でもジャンボ海老フライってブラックタイガーじゃねえか!目の前の海で捕れたやつじゃないじゃんとツッコミながら気になるのはブラックタイガーの隣の小鉢。中には2cmほどのかわいい小イカが茹でられ、柚子でさっぱりと和えてあります。

それがとんでもなく美味しくて。これだよ名物は!とご飯一杯を口いっぱいにかきこんだのでした。ブラックタイガーよりも小さなイカの方が主役だよ、おばちゃん!