赤提灯は吊るされたまま

photo via Lazaro Lazo

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先日、珍しく家族で食事に行く機会があった。

たまには家族で外に飲みに行こう、と盛り上がったのがきっかけだった。

 

向かった先は、となり町・美和町のある居酒屋さん。

そのお店は両親にとって特別な場所で、ぼくや兄が生まれる前、両親が付き合っていた頃に足繁く通ったお店だという。

信じがたいが、とうに髪が薄くなった父と韓流ドラマしか趣味のない母にもそんな時代があったのだ。

 

入り口には暖簾に赤提灯と、イカニモな風貌をした居酒屋・千成(せんなり)。

外観のディープさだけではなく、食べログやホットペッパーにも載っていない、いまどき珍しいお店だ。

 

平日のど真ん中で外は雨、ということもあり、先客は地元のオッチャン一人のみ。すでに目をうつろにして冷蔵庫の上のテレビでニュースを観ていた。

 

父の友人の母が一人で切り盛りする千成は、カウンターに七席、四人掛けテーブルが一つ、とお世辞にも広いとは言えない。

キムタクの大ファンだと自称するお母さんだけあって、店内の至るところにキムタクやスマップのポスター(や女性誌の切り抜き)が貼り巡らされていた。キムタク好きを公言していることもあって、お客さんがわざわざお母さんのために持ってきてくれるそうだ。

 

カウンターには、こんもりと盛られた土手煮とおでん。

名古屋風に赤味噌で味付けされた真っ黒な土手煮は、味噌の甘い香りを店内に充満させていた。おでんはコトコトと音をたてながら、今か今かと食べられる瞬間を待ちわびている。

 

おでんや土手煮、瓶ビールは自分で取るシステムだ。

ヒーターの延長ボタンを押すのも、なぜだかお客さんの仕事になっている。

 

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千成の名物はとん焼。

豚の小腸と大腸を串に刺して焼き、自家製の甘辛いタレをからめた千成特製の串焼きだ。独特の噛みごたえと、からまる甘辛いタレが癖になる味。ところどころある焦げ目も香ばしくておいしい。

 

オープンして30年になる千成は、当初から変わらずお母さん一人で切り盛りしてきた。定休日はない。

「毎日の繰り返しだから、大変なのもすっかり慣れちまったね」と笑うお母さんの目はやさしい。

 

「いつもの顔ぶれを、いつものメニューでもてなすだけ」そう口にするお母さんの手の皮は、ぼくのそれよりもずいぶんと分厚くみえた。

お母さんは今年で76歳になる。そうは見えないくらいに元気だ。歳をとって酒は飲めなくなったと言いながら、焼酎の水割りをぐっと飲み干した。

 

ぼくが生まれる前に両親が通っていたお店で、両親も交えてお酒を飲むなんてこっ恥ずかしいと思っていたが、意外に楽しいものだ。ぼく以上に両親の方が照れくさそうにお酒を飲んでいて、コップ酒を水のように飲む父の顔は真っ赤だ。

 

「あんたら夫婦が息子と飲みに来てくれるなんて嬉しいね」というお母さんの言葉にぼくまでおもわず嬉しくなった。お母さんは布巾でテーブルを拭きながら「長々とお店をやってみるもんだわ」と独りごちた。

 

今度来る時は兄も連れてきますね、と告げて店を出た。お世辞ではなく本心から出た言葉だった。

 

店を出た頃にはすっかり雨はあがっていて、夜風が火照った頬を冷やす

隣では「どうだ?美味しかったろう」と上機嫌な父が、こつこつと傘で地面をつつきながら歩いている。少し後ろをついて歩く母は、このままイルミネーションを観に行こうと駄々をこねていた。

 

ぼくにもいつかこんなお店が見つかったらいい。