ヨモギの葉っぱと水中ゴーグル

photo via foxtailmillet

 

その地域は「田舎」という言葉ではすこし物足りないくらいの山々に囲まれた集落。愛知・奥三河にある御園(みその)という地域です。

ぼくの父も祖父も御園で生まれ育ちました。集落内の人口は100人に満たず、地域の95%以上が山、山、山。最寄りのコンビニまで車で1時間弱。バスはせいぜい1日3、4本。道路には当たり前のようにシカやサルがいます。

そんな地域で育った父や祖父母が重ねてきた当たり前の田舎暮らしは、平成生まれのぼくにとっては非日常的で刺激的なもの。そして、まだ幼い頃に父や祖父と一緒に山の中を探検したり川で泳いだ時に教えてもらったことは二十年近く経った今でも記憶に残っているものです。

 

クヌギやコナラの樹々にクワガタが集まりやすいこと。

タラの芽は日当たりの良い水場近くの斜面に生えていること。

石の水切りは片膝をついて投げるとやりやすいこと。

 

特に印象に残っているのは、ヨモギの葉を磨り潰して水中ゴーグルに塗れば曇り止めになること。

川で鮎などの川魚を取る時は、まずは潜る前に川辺でヨモギを探すことから始まりました。そして、ヨモギの葉を川で濡らし、岩面で磨り潰す。ぎゅっとしぼり出したヨモギの汁で水中ゴーグルの内側を磨きます。すると、ゴーグルが曇りにくくなるのです。当時は「こんな葉っぱの汁に意味なんてあるのかよ」と半信半疑だったものの確かな効果がありました。父も祖父もその効果の理由を知りませんでしたが、羽田家で脈々?と伝え継がれてきた川遊びにおける慣習のひとつでした。

 

今では父や祖父と山に入ったり川で泳いだりする機会はなくなってしまいましたが、幼い頃にこういった経験をさせてくれたことをありがたく感じます。「御園のじいちゃんばあちゃん家に行ってもやることないし遠いから行きたくない」だなんて駄々をこねて嫌がった時期もありましたが、振り返ってみると貴重で大切な記憶ばかり。

 

美味しいものだとは思わなかったけれど、タケノコの皮で梅干しを包んだものをおやつ代わりにチュウチュウと吸うことも、クロスズメバチの巣を取って蜂ゴハンにすることも、決して田舎臭い食文化ではなくて、田舎だからこそできる自然の味わいだったのでした。

 

ぼくがこうして今、大学で森林について学び、木材商社で働いていることや林業や田舎のあり方に大いに関心を持っているのは父や祖父と御園で過ごした経験が起因しているのだと感じます。父や祖父母が御園で暮らす中で当たり前のように身につけている自然を暮らしに取り込む生活に憧れを持っているのです。 

 

「カネもモノもなんにも無いウチだもんで」が口癖だった祖父母が教えてくれたことを今度は自分が伝え継いでいく番だと思うものの、まだまだそんな予定も気配もない新人サラリーマン。まずは川辺でヨモギを見つけられるようにならねばと思ったのでした。