ミミズに小便をひっかけるとちんちんが腫れる
夜に口笛を吹くと泥棒がやってくる
夜に爪を切ると親の死に目に立ち会えない
これらの言い伝えは全国各地にあるようで、ぼく自身もまた小さい頃から父や祖父に何度となく教えられてきた。祖父もまた親や祖父からこれらの言い伝えを教えられてきたのだと言っていた。
そんなわけないだろうと思いながらも、それらの行為をすることは父や祖父に背くようで後ろめたい気持ちがあったことをよく覚えている。けれど、(教えに反して)夜に口笛を吹いても泥棒に出会ったことはないし、爪を切るのはだいたいが夜だけれど両親は今も元気に暮らしている。
当時は言い伝えの真意や由来について理解することはできなかったし、25歳になった今もよく分からないままだ。これらの言い伝えすらつい最近まで頭の片隅にすっかり追いやられていた。
かんたんに調べてみると、ミミズには皮膚が炎症を起こす毒を吐く種類のものにいるようで、実際にミミズに小便をかけて陰茎が腫れたという声がインターネット上にはたくさんみられる。また、ミミズの毒が炎症を引き起こす説だけではなく、田畑に養分を与えるミミズへの尊敬と感謝に由来する迷信であるとする説もあるようだ。
くわえて、夜に口笛を吹くと泥棒ではなくて蛇やお化けが出てくるというものもあり地域によって違いがみられるようだ。
民族学者の宮本常一の著書「忘れられた日本人」に「ミミズに小便」について以下の聞き書きが記されていた。
「みみずというものは気の毒なもので眼が見えぬ。親に不幸をしたためにはだかで土の中へおいやられたがきれい好きなので小便をかけられるのが一ばんつらい。夜になってジーッとないているのは、ここにいるとしらせているのじゃ」とよくはなしてくれた。
春から夏にかけてどこともなくジーッという声が宵やみの中からきこえて来る。それがオケラの声だとはずっと後に知ったのだが、それまでは不幸なこの動物のために深い哀憐の情をおぼえたものである。
これらの言い伝えがどのように始まったのか、地域や年代でどのような差異があるかは分からない。けれど、羽田家においては少なくともぼくの祖父の祖父がこの言い伝えを教えていたのだから五世代に渡って伝えられてきたということになる。
現代では「夜に口笛」や「夜に爪切り」の言い伝えの真意はもはや意味の小さいものになってしまったかもしれない。だからと言ってそれらの言い伝えがなくなってしまってもいいのかというとそうではない気がする。なんとなく。
たかだか言い伝えだと言ってしまったらそれ以上でもそれ以下でもないのだけれど、上の世代から継いだものを下の世代に引き継ぐということはきっと意味の有る無しではないはずだ。きっと父や祖父もそんなふうには考えていなかっただろう。
いつか生まれる(かもしれない)自分の子どもにも「ミミズに小便ひっかけたらいかんよ」と教えてあげよう。いつか大人になった時に頭の片隅に残っていてさえくれればそれでいい。