今回は最近読んだ中でグッときた塩野米松さんの本について。
塩野米松さんは全国各地を旅して漁師や職人への聞き書きを行い、失われゆく伝統文化・技術の記録に精力的に取り組んでいる作家さん。本当に言葉が繊細で、心地良くて、職人さんの人柄や思いを丁寧に紡いで文章にされています。
今回は塩野米松さんが全国の職人さん(一括りに職人とまとめていいのかは疑問ですが、手仕事をされている方々)を取材し、聞き書きに取り組んだ<手業に学べ 技>を読んで感じたことを記します。本では全国の手仕事の職人さん、例えば、熊野川の船大工や対馬の釣り針職人、福島の野鍛冶、宮崎の竹細工師など計13人を対象に聞き書きを行なっています。その中でも特に印象的だったのが、船大工の職人さん達のお話。
木を読むということ
岡山の船大工・山元さんがおっしゃっていた言葉がとても印象的です。
自分で使う木は、自分で木を見て買わないとダメです。素性がわからんから。山で見ればどんなところで育った、どんな木かわかる。素性がわかって使うのと使わんのとでは全く違うから(中略)木の見方は誰にも教わらんが、わしは山へ出かけて木を見て、自分で買いよったから知っとるんだ。使うのも自分じゃしな。
当たり前のように山元さんはおっしゃっていますが、実はこれ、既存の木材流通の流れからすると、本当にすごいことなのです。木材流通の過程はザッと以下の通り。
1:森林所有者|素材生産。木を育てる
2:素材生産者|素材の搬出・運搬。木を伐って市場に運ぶ
3:原木市場|原木の流通・仕入れ。原木のセリ
4:製材業者|原木の製材加工。丸太を板等に製材
5:製品市場|製品の流通。製材品の販売
6:木材小売業|製材品の仕入れ・販売
7:木工メーカー/工務店
木を育てるところから木を素材として使うまでにはたくさんの業者を挟んでいるのです。
1本の木が床材として使われたり、家具になったりするまでにはたくさんの過程があるのですね。それにもかかわらず、実際に山に生えている木を見て、買って、乾燥させ、その木が船の一部になった時の反りや曲がりをイメージして、加工していく。その手間暇を惜しまないからこそ本当に良い船をつくることができるのでしょう。
部位によっては何百年も生きた木を使って親子三代が使えるような頑丈な船をつくりあげる。製材過程だけではなく、乾燥にも何年も時間と気をかけてじっくりじっくり水分を抜いていく。30年後、50年後の木の動きを読んでいく。本当に根気と熟練の技術を必要とする世界です。
以前お話を伺ったかつて尾鷲で船大工をしていた木工職人さんもおっしゃっていましたが、船作りにおいては「木を読む」ということがとても重要で、「木を読めるようになってはじめて一人前」なのだそう。船大工の時に学んだ木を読む技術は木工職人になってからも大いに生きているようです。木を読むコツを伺ったところ、「長いことやっとると自然と分かるようになる」と一蹴されてしまいましたが、やはり感覚的な知識なのでしょうか…木を読む感覚は僕には到底分かり得ない世界ですが、自分の手を商売道具にひたすらにひとつのことに打ち込み続けてきた人だけが理解できるのでしょう。非常に興味があります。
<手業に学べ 技>は聞き書きの対象が非常に面白いです。失われつつある伝統的な手仕事の魅力にぜひとも触れてみてください。塩野米松さんの著書は他には<手業に学べ 心>や宮大工・西岡常一さんとの共著<木のいのち 木のこころ>などがあります。どれもおすすめです。