「かつては林業で栄えた地域でね」
「林業で儲けて家や車を買った人がたくさんいるよ」
全国各地で何度聞いたか分からないこれらの言葉。
もうね、皆そう言ってます。
ところが、そういった地域のほとんどが現在はうまくいっていない様子。
「今の方が林業の調子はいいよ」と昔より現在の方が良いと答える人に出会ったことがありません。
つまり、日本全国「昔は林業が栄えた」けれど、現状はそうではないということ。
「かつては林業で栄えた」「林業で家が建った」以外にも、山や木の質について「年輪が緻密で色味が良くて真っ直ぐ」「ウチの地域は良質な丸太が多い」という話をよく聞きます。
そう信じてやまない。では、他の地域と比べてどう異なるのか。今と昔で変化はあるのか。
それを定性的・定量的に答えられる人はなかなかいません。
「昔は林業で栄えた」と過去の栄光に胸を張る地域が各地で存在する背景には、一時的に日本全体が林業で潤った時代があったということでしかありません。
そして、他地域との比較や地域の強みも見出さないままに「よく売れる=品質が良い=ウチの木は良い」と履き違えてしまったままだとしたら非常にもったいない。
日本の国土の7割近くは森林で、そのうち4割以上が人工林(=人工的に育成した森林)です。
その人工林率の高さの裏には、半世紀前に全国一斉で「おい、林業は儲かるから木を植えようぜ」「50年後には子や孫の資産になるぞ」と、林業で儲けた先に幸せな未来が描けたということかもしれません。
ところが蓋を開けてみればそうはならなかった。
1960〜1970年代はいわゆる木材需要拡大期。
全国の至るところでスギやヒノキが植林され、丸太や製品の価格は上がり調子、製材工場も増えました。
材木商が高額納税者ランキングに名を連ねました。伐ったら売れた、挽いたら売れた時代。まさに国産材ゴールドラッシュ。
ところが50年以上経った現在は丸太や製品の価格が伸びる気配はなく、製材工場は年々潰れています。
21世紀に入り17年が経ちました。
人口は減少し新築住宅市場が縮小する未来は決まっています。間伐材の有効利用は手段であって目的ではありません。
◯◯県産材と行政区分で産地にこだわることが流通を妨げることがあります。
林業機械は高性能化されつつあるのに仕事の仕方は一向にシステム化されません。伐らない限り山にある木は少しずつ大きくなっていきます。
「木が好き」「無垢で生活してみたい」と思う人はたくさんいます。
ただ、木を生活の一部に取り入れようとすると途端にハードルが高くなってしまいがち。
「杉は傷が付くし反れる」「国産材は高い」なんて言うように。
それに対して「杉の表面を特殊硬化ウレタン塗装しました!」とか「お値段しっかり勉強させていただきます!」といった話で終わってしまうのはもったいない。工夫がない。
「傷が付いた方がエイジングが効いて雰囲気が出ますよ」「使い方によっては合板フローリングをより安くなりますよ」といった提案をしないと市場は大きくなりません。お客さんに選び続けてもらえません。
そして、全国各地が国産材の市場を大きくすることを目指さないと、日本中の山が山でなくなってしまう。
いつか林業を学んでいた大学生時代、ハタチそこそこの自分。
机の上で勉強してみれば「林業は儲かりません」と教授にお教えいただき、現場に出てみれば「大学に通ってまで林業やりたいなんて言うな」と山師のおっちゃんに諭されました。
林業の第一線で働くプレイヤー自体が林業の未来を諦めていることが残念で仕方ありませんでした。
でも、それが林業に関わりたいと思うきっかけになったのでした。悔しいから儲けたい。
先日、林業を専攻する学生向けに工場を案内した際に「やっぱり林業って儲からないんですか?」と質問されたことがありました。
「これからもっと儲けるよ」と強がってお茶を濁してしまったのが悔しいけれど、近い将来には「とにかく儲かって仕方ないから早く就職しなよ」と胸を張れるようになりたい。楽しいし儲かるし最高だよって。
半世紀前には林業に関わるおっちゃんたちも皆そう言っていたはずでしょ。
林業やっとったら自分らで伐った木で家が建つしフェアレディもスカイラインも買えるぞって。